竜王は目を覚ました。人型に戻り、ローブについた埃を払う。誰もいない王の間を抜け、中庭に出ればもう日が傾いていた。数時間も意識を失っていたらしい。
 そういえば昼食ができていたなと思い出し、痛む体を引きずり調理場へ向かった。
 シェリーのいない調理場はしんとして冷たかった。ここにもいないということは、ラダトームへ帰ってしまったのだろう。大切なものを一気にふたつも失ってしまった。
 苦々しい気持ちを抱えながら火をおこし、スープを温めた。適温になったところで皿によそい、食品庫から取り出したパンと共にテーブルに並べた。
 一口食べれば豆乳の優しい味わいが竜王の胃を温めた。けれども作り手に感想を述べることも、感謝を伝えることもできないのだった。

 時間が経つにつれ、城には魔物たちが戻ってきた。勇者との戦いで生き残った者たちが復帰してきたのだ。
 よろいのきしはシェリーの代役を務め、城は勇者が来る前に戻ったかのようだった。
 竜王はというと、鬱屈した日々を送っていた。欲を言えば勇者と再戦したいところだが、敵わなかったことを真摯に受け止めなければならない。
 そんな厳しい現実を前に、竜王は酒を飲むことが増えた。人格ができていたから、部下や物にあたることはしなかったものの、このやるせない気持ちと体の傷を癒やす時間が必要だった。
 こんなときシェリーがいれば、と思わずにはいられなかった。

 やがて半月が経ち、竜王は今日も玉座でぼんやりしていた。気分転換に城内を散歩しようと思い立ち、紫のローブを引きずって中庭に出た。竜王の気分とは裏腹に眩しい日光があたりを照らしている。
 砂州を渡った時、背後に降り立つ足音を聞いた。振り返れば、なんと荷物を背負ったシェリーが立っていた。
「おお、シェリー。どこに行っておったのだ。寂しかったぞ」
「両親を説得するのに時間がかかって、遅くなってしまいました」
 竜王はシェリーに駆け寄ると、華奢な体を力強く抱きしめた。
「よくぞ戻ってきた」
「ふふ、苦しいですよ竜王様」
「なぜ戻ってきてくれたのだ?」
「それはもちろん、竜王様のおそばにいたいからですよ」
 にこにこと微笑むシェリーに竜王の中の何かが融解していった。
「仕事はいいのか?」
「お城は退職してきました。こちらで雇っていただけますよね?」
「うむ、もちろんじゃ」
「両親に反対されたのですが、週に一度帰ることを条件に認めてもらえました」
「それでは……ここにいられるのだな」
「はい」
 お互いの息がかかりそうな距離で、竜王とシェリーは視線を合わせた。
「命果てるまで、わしのそばにいてくれるか?」
「はい。もちろんです」
 ふたりはどちらともなく唇を重ねた。
 触れるだけのキスを終えて、シェリーはこらえきれずくすくすと笑った。竜王もつられて笑ってしまった。
「さて、竜王様。何か食べたいものはございますか?」
 シェリーは腕まくりをした。

 火の入った調理場のテーブルで、竜王はうとうとしていた。リズミカルに食材を刻む音が余計に眠気を誘う。
 今夜はシェリーが食事を作ってくれている。それが何より嬉しかった。
(完成するまで、目を閉じていよう)
 体と心を包む温かさが、いつまでも続いていくようだった。