宇宙旅行に胸を躍らせながらフィズは勤務を終えた。私服に着替えて店の外に出ると、ビルスとウイスが立っていた。
「おふたりとも、お待たせしました」
「ご苦労さん」
「準備はよろしいですか?」杖を掲げたウイスが言う。「私に触れてくださいね」
 ビルスとフィズがウイスの背に触れたかと思うと、周囲が白い光に包まれた。宇宙空間を高速で移動しているのだと気づくのに少しかかった。
「すごいですね! 地球以外の星に行くなんて初めてです」フィズは声を弾ませた。「これから行く星はどんな所なのですか?」
「静かでよい所ですよ。自然が豊かで、城の周りには森や草原が広がっています」
「城ということは王様が治めている国が?」
「王様というか、神様ですね」
「神様……」
「そちらにいらっしゃいますよ」
 フィズは思わず大きな声をあげてしまった。
「神様なんですね、ビルス様……」
「そうだよ。驚いた?」
「只者ではないと思っていましたが」
「フィズにはボクの威厳がわかるんだねぇ」
 ビルスに微笑まれ、フィズは頭をポンポンされた。
 まさか生きているうちに神様と知り合いになれるとは思ってもみなかった。
「ちなみにボクはこの第7宇宙の破壊神で、他の宇宙にはまた別のやつがいる」
「破壊神ですか……」
 先程から驚いてばかりだ。破壊神というのはたしかインド神話にもいたような気がするなぁとフィズは思った。だから、目の前に破壊を司る神がいても何ら不思議ではないのだろう。
 ビルスは「どうだ、怖いか?」とニンマリした。「昔、地球の恐竜ってやつを滅ぼしたこともあったなぁ」
「恐竜の絶滅ってビルス様の仕業だったんですか……!」
 神と言うだけあってスケールが大きい。
「でも考えてみると、ビルス様の破壊があってこそ今の地球の繁栄があるわけですね」
 大切なお仕事ですね、とフィズは微笑んだ。
 ビルスは虚をつかれた顔をしたが、ニイッと笑った。
「よくわかってるじゃない」
「それで、第7宇宙というのは?」
「宇宙は全部で12あるんですよ」
 サラリとウイスが言う。
「え……。宇宙って広いんですね。私が思っていたよりずっと」
「ええ、広いですよ。地球からビルス様の星まで35分もかかるくらいには」
「アニメが1本見れちゃいますね」
「おっ! キミも見るのか」
 ビルスとフィズはアニメ談義に花を咲かせた。

 そのうちに白い光がやみ、三人は紫の大樹へと接近して、その枝のひとつに着陸した。
「着きましたよ」
「移動お疲れさまでした」
 カーナビのノリでフィズは言った。
「あら、ありがとう。フィズさんはお優しいですね」
 すると、何やらカンカンとガラスを叩くような音が近づいてきて目の前に何かが飛んできた。杖の先に付いた透明な鉢に緑色の液体が張ってあり、そこに小さな青い生物が浸かっている。
「よく来たね、フィズ!」
 可愛らしい声でその生物は言った。
「私の名前をご存じなんですね」
 予言魚だからね、と予言魚は頷いた。
「ほらね、予言通りだったろ? 未来のおよ――」
 ビルスの指が口をふさいで、予言魚はモゴモゴした。
「城を案内しよう」
 ビルスのあとをついて歩き、フィズはいくつもの部屋を見学した。リビングにダイニング、広々とした浴場。インテリアには独特のセンスが感じられる。
 中でもビルスの寝室はちょっとした神殿のようで、その静謐な環境にフィズは感嘆のため息をもらした。
 一通り見終わった頃、フィズははたと気づいた。
「そういえば、使用人の方々の姿が見えませんが……」
「いませんよ。私たち以外には」
「そうなんですか!? お掃除だけでも大変そうですね」
「まあ、時間は有り余るほどありますからね」
 さして気にしていない様子でウイスが言った。
「ところでフィズさん。お腹は空いていませんか? よろしければディナーでもいかがです?」
「ぜひいただきたいです」
 ウイスひとりでは負担が大きいだろうとフィズは手伝いを申し出たが、「お客様にそんなことはさせられませんよ」と却下されてしまった。
 厚意に甘えてビルスとテーブルで待っていると、しばらくして食べ物が運ばれてきた。
 いや、本当に食べ物なのだろうかというのが第一印象だった。青や紫の何かが皿の上で鮮やかな色を放っている。フィズは静かにカルチャーショックを受けた。宇宙は広い。
「いただきます」
 ビルスが食べ始めたのを見て、恐る恐る謎の球体をスプーンに乗せて口に運んだ。やや弾力のある食感と薄い塩味。ところてんに似ているかもしれないとフィズは思った。
 今度は謎のペーストを食べてみたところ、こちらは甘かった。見た目はともかく意外といける。
「どう、美味いか?」と、ビルス。
「美味しいです。見た目には驚きましたが、上品な味付けで素材の味が活きている感じがいいですね」
「フィズさんのお口に合って何よりですねぇ」
 ウイスはニコニコした。
 食事を終えたあと、ビルスは頬杖をついて口を開いた。
「ボクらのことはいいからさ、もっとキミのことを訊きたいね」
「私のこと……ですか」
 フィズは自分の経歴をぽつぽつと語った。神様と比べると短い半生だし、これといった武勇伝もないが、ビルスは相槌を打ちながら聞いてくれた。
 ふと腕時計を見ると9時になるところだった。
「私、そろそろ帰らなくちゃ」
「もう帰るのか!?」
 ビルスが目を丸くする。ウイスが立ち上がって、「送って差し上げますよ」と言った。
「楽しくて、あっという間でした。ありがとうございました」
 礼をして去ろうとするフィズのそばにビルスが寄ってきて、どこか真剣な表情をした。
「なあフィズ、ここで暮らさないか」
「えっ」
「ビルス様ったら、フィズさんのことがとっても気に入ったんですねぇ」
「でも明日も仕事があるので……」
 フィズがそう言うとビルスは口をへの字にしていたが、「もっと知り合ってからでも遅くはないか」と小さく呟いた。
 そして、フィズの手の甲にキスをした。
「ウイス、送ってやってくれ」
 固まっているフィズをよそにビルスはにっこりした。
「じゃーね。必ずまた来るんだぞ」