それからビルスとウイスは今まで以上に地球を訪れるようになった。フィズの勤める店には必ず寄り、仕事終わりにお茶や食事をすることも増えた。時には星に招いて親交を深め、3ヶ月が経った。
ビルスは眠気には勝てず、時に長い眠りにつくこともあったが、やはりフィズのことが気になるのか、彼にしては早めに起きてくるのだった。
「まだ着かないのか? ウイス」
地球行きの移動の中でビルスが言う。
「もうすぐ着きますよ。それにしてもビルス様、体調はよろしいのですか? 今回は1ヶ月しか寝なかったじゃありませんか」
「あんまり長く寝てると忘れられちゃうだろ? だから頑張って起きたんだよ」
「何年も寝るようなら起こして差し上げようかとも思っていましたが……無用な心配でしたね」
ふたりはブルマの家に降り立ち、彼女に声をかけた。
「ごきげんよう。また美味しいものをいただきに来ました」
「デザートは、いつもの店だ」
「久しぶりに来たと思ったら、またそれ?」ブルマは腰に手を当てた。「あんたねぇ、あの子のことが好きならさっさと告白しちゃいなさいよ!」
「うるさい! あんまりがっつくと嫌われちゃうだろ!」
「まあいいわ。連れて行ってあげる」
三人は昼食を済ませたあと、フィズの勤める店のドアをくぐった。フィズがパッと顔を輝かせる。
「いらっしゃいませ。ビルス様、ウイスさん、ブルマさん」
「よっ。元気?」
「はい。おかげさまで。ビルス様はお元気でしたか?」
「そりゃもう絶好調だよ。で、いつものやつを頼む」
「かしこまりました」
三人はイートインスペースに座ってプリンを味わった。
そして、食べ終わってから早2時間が経過した。ビルスは働くフィズをしっぽを揺らしながら眺めている。目から栄養を得ているのかと思うほどずっとだ。
ウイスも何とはなしに店員たちを観察したが、フィズがどんな客にも丁寧に応対し微笑をふりまく様は朗らかな空を思わせ、好ましい人物だという印象を新たにした。
ブルマは熱心にタブレット端末と向き合っている。仕事をしているのだろう。
「飽きないんですか? ビルス様」
ウイスがいよいよ声をかけると、ビルスは「1ヶ月も会えなかったから、フィズが足りないんだよ」とこぼした。「こうして見ていると、欲しくて欲しくてたまらなくなるな」と目を光らせる。
「手に入れてしまえばよろしいのでは?」
「まあね。力づくで連れ去るのも悪くはないんだが、できれば心までボクのものにしたいからな」
「ビルス様がこんなに誰かのことを気になさるの、いつぶりでしょうねぇ」
その時、フィズとは別の店員がおずおずと進み出てきた。
「お客様、長時間のお席のご利用は他のお客様のご迷惑になりますので……」
「ごめんなさい。今片付けるわ」
ブルマがすぐさま立ち上がる。一方でビルスは鼻にしわを寄せた。
「いったいボクを誰だと思ってる」
「まあまあビルス様、ここは一旦店の外に出ましょう。さすがに長居が過ぎました」
かしこまっている店員に「ごちそうさま」と声をかけたあと、フィズにウインクをしてウイスとブルマは退店した。ビルスも渋々ついてくる。
「それじゃ、帰りましょ」
「ブルマさん、フィズさんのお仕事が終わるまで待たせていただいても構いませんか?」
「もちろんよ。うちでジュースでも飲みながらゆっくりしてちょうだい」
数時間後、仕事終わりのフィズを捕まえたビルスとウイスはピッツァ食べ放題の店に来ていた。
「私がごちそうしますね」とフィズが張り切っている。
「それではお言葉に甘えましょうか。食べ放題とは、何とも心躍る響きですねぇ」
「お腹空いちゃったよ」
「たくさん召し上がってくださいね。ビルス様、ウイスさん」
いただきますをした三人は、まずサラダを平らげ、配られたマルゲリータを口に運んだ。
「んー! このさっぱりとしたトマトにとろりとしたチーズが合いますねぇ」
「生地がもちもちして美味いぞ! この前食べた厚いやつもいいが、この薄いのも気に入った」
「美味しいですね。いくらでも食べられそうです」
何種類ものピッツァを堪能したところで、フィズが切り出した。
「そういえばお会いするのは久しぶりですけど、お忙しかったのですか?」
「寝てたんだよ」
「ひと月もですか」
「普段はもっと寝るんだけど、キミのことが気がかりでさ。……まさかとは思うが、ボクのいない間に誰かに言い寄られてはいないよな?」
「別にそのようなことはありませんよ」
「ほほ、ビルス様ったら心配性ですねぇ」
あからさまにホッとした様子のビルスの横で、ウイスはフィズを見据えて微笑を浮かべた。
「フィズさん、折り入ってご相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「私たちの星に引っ越してくる気はありませんか? ビルス様はそれはもう、首を長ーくして待っていらっしゃいますよ」
「そういえば、以前も誘ってくださいましたね」
フィズは手を握り合わせて考えるそぶりを見せた。
「どうです? 衣食住どれをとっても何ひとつ不自由のない暮らしができるとしたら?」
「迷っちゃいますね。すごく」
ビルスは頭の後ろで腕を組んだ。
「地球のことなんてぜーんぶ放り出しちゃってさぁ、ボクの星においでよ」
「でも、仕事を辞めたらプリンを提供できなくなりますよ」
「何言ってる、欲しいのはキミなんだよ」
フィズは目を見開いた。言葉が出ない様子で、しばらく黙ったあとに小さく呟いた。
「てっきりプリン目当てなのかと思っていました……」
「好きでもないやつを星に連れて行くわけないじゃん」
「そ、そうですよね」
両頬を手で押さえたフィズは照れたようにうつむいた。これは脈ありですね、とウイスは思った。
たっぷりと時間を使って考えてから、フィズは「身辺整理をする時間をください。その……退職したり、荷物をまとめたり、いろいろあるので」と頭を下げた。