2ヶ月後、フィズは住み慣れた土地を離れてビルスの星に移り住むことになった。
 城のとある部屋でウイスはフィズの荷物を異空間から取り出した。キャリーケースがひとつと段ボール箱が数箱ある。
「それでは荷解きを始めましょうか」
「頑張ります!」
 食料は冷蔵庫や食品庫に詰め込み、本は城の本棚に加えた。ベッドや机などの家具は城の物を使うので運ばずに済んだ。
「そーれ!」
 ウイスが杖を一振りするや服がクローゼットに魔法のように並び、フィズは拍手した。これだけ手際がよいのだから、城の雑務をひとりで受け持っているのも納得だ。
「ウイスさんのおかげでスムーズに終わりましたね。次は何をすればいいですか?」
「そうですねぇ。お仕事はいろいろありますが、できるところからで構いませんよ。それより、アナタにはビルス様の暇つぶしに付き合ってもらいたいですね」
「お任せください! ウノとか持ってきたので」
「ウノ、ですか?」
「カードゲームです。あとでやりましょう。でも人数が多いほうが楽しいと思うので、ビルス様が起きたらですかね」
 フィズは少し考えて、「キッチンをお借りしてもよろしいですか?」と言った。「お昼ご飯を作ろうかな」
「まあ! それは嬉しい。お願いしますね」
 フィズはキッチンに行き、飲み物と簡単なおかずを作ろうと考えて、あるものを鍋で茹で始めた。
「何作ってるんだ?」
 声のほうを向けば、目をしょぼしょぼさせたビルスが立っていた。快適そうなパジャマ姿だ。
「おはようございますビルス様。今日からお世話になります」
「ああ。来てくれて嬉しいよ」ビルスは顔を洗う仕草をした。「で、それは何なの?」
「タピオカを茹でています」
「タピオカぁ?」
 ビルスはフィズのすぐ後ろに来て、煮えたぎる湯をまじまじと覗き込んだ。息がかかりそうな距離に、フィズはやや体を強張らせた。
「ミルクティーに入れると美味しいんですよ」
「ふうん。ボクも何か手伝おうか?」
「難しい調理ではないですが……もしお暇でしたらお願いします」
「着替えてくる。ちょっと待っていろ」
 さっと離れてキッチンをあとにするビルスにほっと胸をなでおろし、フィズは砂時計の砂が落ちきったのを確認した。タピオカをざるにあげ、今度はミルクティーを作り始める。温めた牛乳を紅茶に注いだところでビルスは戻ってきた。
「待たせたね。フィズ」
「では、おかずを一緒に作りましょうか」フィズはアボカドをふたつ手に取った。「これを今から切るので、ビルス様には仕上げの作業をしていただこうかと」
「わかった」
 フィズはアボカドをサイコロ状に切ってボウルに入れた。次に、調理台の上に並べた塩昆布とすりごま、ごま油をビルスに示した。
「この3つを適量加えて混ぜてください」
「適量? 適量ってどのくらいだ」
「ちょうどいい量、ほどよい量です」
「何グラムかって訊いてるんだよ」
「うーん、いつも目分量で作ってしまうので厳密には言えませんね」
「じゃあ少しずつ入れるから、ちょうどよくなったら言ってくれ」
 調味料を加えるビルスを見ながら「もう少し入れても大丈夫ですよ」とか、「はい、そのくらいで」とフィズは言った。
 最後にビルスがボウルの中身を混ぜていると、ウイスが顔を出した。
「まあ珍しい。ビルス様がお台所に立つなんて」
「たった今完成したぞ。ボクとフィズの初の共同作業だ」
「それは素晴らしいですねぇ」
 三人は出来上がった料理をテーブルに運んで手を合わせた。
「いただきます」
 三人ともアボカドの塩昆布和えを一口食べ、
「うんまーい!」
 ビルスの叫びが城に響きわたった。
「アボカドがとーってもクリーミーですねぇ。絶妙な塩加減も美味ですよ」
「口溶けが最高だな。それに独特な香りとコクがあるぞ」
「ごま油が効いてますね」フィズは頷いた。
 ビルスはアボカドを食べてはご飯をかき込み、真っ先に食べ終えた。そしてタピオカミルクティーを太いストローで吸い込んだ。
「このぷにぷにとした食感……癖になるな」
「見た目は魚の卵みたいですが、意外と歯ごたえがありますね」
 フィズも一口飲み、紅茶の香りとほどよい甘さに安らいだ。
「また色々なメニューを作りますよ」
「城にいながら地球の料理を食べられるなんて、嬉しいですね」
「ボクも手伝うからな。フィズ」
「ビルス様ったら家庭的になりましたねぇ」
 ウイスとフィズは顔を見合わせて笑った。