桃色の空の下、フィズは気ままに散歩していた。草木を揺らした風がふわりと髪を撫でていき、その心地よさにフィズは心の内で歌を歌った。
森を抜けてしばらく歩くと、湖のそばの草地でビルスが寝ているのを見つけた。
「ビルス様ったら、こちらにいらっしゃったんですね」
そっと近づいて寝顔を眺める。普段の鋭い眼光は瞼に隠れ、口元はうっすらと微笑んでいるように見える。子猫のような愛らしさにフィズは忍び笑いをした。
ふと、いたずら心が顔を出し、ボタンのような鼻に触れてみたくなった。
こじんまりした鼻に触れるやいなや、ぐいっと腕を掴まれフィズはビルスの体に倒れ込んだ。今の衝撃で起きそうなものだが、いまだ寝息をたてている。
「うーん……」
むにゃむにゃと眠たげな声をもらしたかと思うと、ビルスはフィズの首筋に顔を埋めた。スンスンと音がするに、においを嗅いでいるようだ。くすぐったくてたまらない。
緩やかな抱擁から逃れようとするも、却ってぎゅっと抱きしめられてしまった。
することもないので、フィズはビルスの肌を嗅いでみた。例えるなら焼きたてのパンのような香ばしい香りがほのかにする。フィズはつい微笑んでしまった。
まだビルスが起きないので、今度は長い耳に手を伸ばしてみる。適度な厚みの耳はしなやかに折れ曲がり、手を離すとピンと元の形に戻るのだった。それが面白くてフィズはしばらく耳をいじっていた。
いよいよ手持ち無沙汰になり、フィズはビルスを小さく揺さぶった。
「ビルス様、起きてください。ビルス様?」
「ううん……」
長かった抱擁を解いたビルスは目をこすり、大きなあくびをひとつした。
「なんだ、フィズか」
「よくお休みでしたね」
「なーんかいい匂いがすると思ったんだ」
「私、特に何もつけていませんが」
「いや、香るよ。ボクの嗅覚をなめるなよ」
体臭には気をつけているほうだが、いい匂いと言われて悪い気はしない。
「ビルス様もいい香りがしますよね。私たちは遺伝子的にも相性がいいということなのでしょうか」
そうかもね、とビルスは伸びをした。
「寝たらお腹が空いちゃったな。おやつでも食べようか」
「そうしましょう」
ビルスはフィズを抱えて城へ飛んでいった。