切り株の上で瞑想をしていたビルスが伸びをしたのを見て、フィズは携帯をしまって声をかけた。
「ビルス様、よろしければマッサージをして差し上げますよ」
「マッサージ?」
「動画を見て勉強してみたんです。できるのは足裏とふくらはぎ、あと肩と背中ですが、いかがですか?」
「へえ。じゃ、お願いするよ」
「頑張りますね」
 これはないほうがいいか、とビルスは青と黒の襟を脱いだ。思いがけず露出度が上がり、フィズは目を見張った。すぐに、よこしまな考えを捨てようと首を横に振る。
 フィズの葛藤など露知らず、次いで靴を脱いだビルスは柔らかな草の上に仰向けで寝転んだ。
「よろしくー」
「では、始めます」
 フィズはビルスの細い足にそっと触れた。まずは片方のふくらはぎをつかんで、下から上へと動かしていく。
「力加減は大丈夫ですか?」
「ちょうどいいよ」
 同じ動きを何度か繰り返してから、足裏の指圧に入る。少し力が要るので、フィズは親指を使ったり、握りこぶしの関節を使ったりした。
 土踏まずのあたりを押せば、「あーそこそこ」とビルス。やりがいがある。要望のあった部分を重点的に攻めてから、足裏全体をまんべんなく押した。
 次に、指先をほぐしてくるくると回してみる。黒い爪がチャーミングだなぁ、などと思いながら全部の指を終えた。
 最後に膝を立ててもらい、隙間に差し込んだフィズの腕をローラーのようにしてマッサージした。
「ビルス様、うつ伏せになっていただけますか?」
「ん」
 今度は体の横に移動し、肩を軽くもんだ。背中全体を強めにさすり、背骨の両脇を手のひらの根元で押していく。
 均整な体だなぁ、とフィズは思った。筋肉には疎いほうだが、細く引き締まった体は彫刻になりそうなほど美しい。
 フィズは肩甲骨のあたりに片手を置き、もう一方の手を反対側の腰骨に当て、背中から腰にかけての筋肉を斜めに伸ばした。
 顔を上げて、ふうと一息つく。
「終わりました」
 返事がないので顔を覗き込んでみると、ビルスはスヤスヤと眠っていた。リラックスできたのだろうか。フィズは小さな幸せを感じた。
「安らかな寝顔ですねぇ」
 気づけばウイスがそばに来ていた。
「刺激が足りなかったのでしょうか」
「いえ、気持ちよくて寝てしまっただけだと思いますよ。それだけフィズさんに気を許しているんでしょうねぇ」
「ふふ、そうだといいなぁ」
「ところで、お疲れではないですか? フィズさん。私が肩もみでもして差し上げましょう」
「いえ、そんな」
「いいんですよ。遠慮なさらなくて」ウイスはにっこりして杖をかたわらに置いた。「さあ、始めますよ」
 ウイスはフィズの首から肩を何度か撫でさすったあと、僧帽筋をもみ始めた。優しい手つきで気持ちがいい。
「この星での生活には慣れましたか?」
「はい、おかげさまで。お城は広々ですし、自然に溢れていますし、理想的ですよ」
「地球が恋しくなりませんか?」
「恋しくなる時もありますが、帰れないわけではないので」
「そうですか。私、アナタにはとーっても感謝しているんですよ」
 ウイスは軽やかに肩を叩き始めた。
「以前のビルス様は寝るか食べるかテレビアニメを見るかでしたが、このところ楽しそうにしていらして、笑うことも増えました」
「それはよかったです。少しでもビルス様のためになっているなら嬉しいです」
 わずかに間を置いてから、「フィズさん」とウイスは言った。
「ビルス様と添い遂げる覚悟はおありですか」
 表情は見えないものの、その真剣な声にフィズはうっかり振り向きかけた。けれども、肩叩きは続くようなので、正面を向いて言葉を探した。
「そうですね……今の生活は穏やかで気に入っていますし、ビルス様のことも、その……大好きです」
 あらためて口にすると照れてしまう。フィズは言葉を継いだ。
「皆さんの生きてこられた時間と比べればあまりにも短い人生ではありますが、これからも精いっぱいおそばにいたいと思います」
「それを聞いて安心しました。今の言葉、ビルス様にも直接言って差し上げてくださいね」
 言われてみれば、大好きだとか、そばにいたいというのは伝えていなかった気がする。フィズは頷いた。
 その時、予言魚が飛んできてふたりの周りを漂った。
「お腹空いたよー」
「あら、もう餌の時間でしたか。それではフィズさん、これで終わりにいたしましょう」
 ウイスはフィズの肩をスッと撫でた。