バルコニーで景色を眺めながら喉を潤していると、何かがぶつかるような音がする。フィズは耳を澄ませた。
威勢のいい男性の声が聞こえる。と思ったら、宙に浮いて取っ組み合うふたりが視界に入ってきた。この星で人間を見るのは初めてで、フィズはワクワクしてきた。
ふたりは気弾を放ったり、それを避けたりするうちにフィズのいるほうへ近づいてきた。そして、青い戦闘服の男が渾身の蹴りを入れ、吹き飛ばされたオレンジの道着の男が、あわや城に激突というところで止まった。声もなく驚いているフィズと目が合う。
悪い、と言うように彼は手を挙げ、また相手のほうへと飛んでいった。
「すごいなぁ……」
あとで会いに行ってみようかな、と思いつつ戦いを見守り、数分経った頃にふたりは手を止めた。どうやら終わったようだ。
すると、オレンジの道着の男が飛んできてバルコニーに降り立った。
「オッス!」
「こ、こんにちは」
「さっきはびっくりさせて悪かったな」
男は笑って、特徴的な黒髪をかいた。
「大丈夫ですよ。手合わせされていたんですよね。えっと……」
「オラ、悟空ってんだ。ウイスさんに頼んで修行させてもらってんだ。こっちのベジータとな」
ついてきた青い戦闘服の男を悟空は指した。腕組みをしていて、どこかクールな印象を受ける。
「そうなんですね。私はフィズといいます。この城で居候させてもらってて――」
「ボクのフィズに何か用か?」
いつの間にか、ソファで寝ていたはずのビルスがそばにいて背中に手を添えていた。「ボクの」を強調していたのは気のせいだろうか。
ベジータは血相を変えて深いお辞儀をした。「頭を下げやがれ、カカロット!」と小声で叫ぶ。
「先ほどはうるさくして申し訳ございませんでした! こちらに奥様がいらっしゃるとは知らず、ご挨拶が遅れてしまいました」
「いえ、結婚はしていませんよ」
「まだ、な」
ビルスが意味深に呟く。ベジータは声を張った。
「ご用がありましたら何なりとお申しつけください!」
「私、おふたりとお話ししたいです」
「オラたちと? いいぞ!」
「いいや、フィズはボクと遊ぶんだ。キミたちは城の掃除でもしていなさい」
ビルスはフィズを抱き寄せて、ベジータたちを追い払う仕草をした。
「ゲームならさっきやりましたよね」フィズはビルスの体を軽く押した。「ビルス様はあっちに行っててください」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたビルスだったが、あっそ、と言って部屋に戻っていった。
いまだ緊張した様子のベジータにフィズは「気楽に接してくださって大丈夫ですよ」と声をかけた。
「いいのか? あんな態度をとって……」
「平気ですよ、きっと。ここでは何ですから、ダイニングルームで話しましょうか」
三人はふて寝をしているビルスの脇を通り抜けて移動した。ジュースを勧めて席についたフィズが口火を切る。
「さっきは映画の撮影かと思いました。おふたりとも人間なのに空を飛べるんですね!」
「人間ってか、サイヤ人だけどな」
「サイヤ人?」
「誇り高き宇宙一の戦闘民族……それがサイヤ人だ」
ベジータと悟空はサイヤ人の特徴と、スーパーサイヤ人ゴッドを求めてビルスとウイスが地球に来た時のこと、さらには宇宙で開催された武道会のことを話した。
初めて聞くことばかりのフィズはアトラクションに乗ったような高揚と疲労を覚えた。
「そんなことがあったとは知りませんでした……」
「なぁ、今度はフィズのことを訊きてえな。ベジータも気になるだろ?」
「まあな」
「私はですね、以前はプリンのお店に勤めていたんですよ」
フィズは現在までの出来事をかいつまんで話した。我ながら生活が一変したものだ。
「へぇー! ビルス様はよっぽどフィズのこと気に入ってんだなぁ」
「ビルス様にそんな一面があったとはな……」
ふたりの反応にフィズは少し恥ずかしくなった。
「すっかり話し込んでしまいましたね。おふたりはそろそろ帰られますか?」
「いや、しばらく世話になる。やってほしいことがあれば何でも言ってくれ」
「とりあえず掃除でもすっか。な、ベジータ!」
「助かります。お城が賑やかになって嬉しいです」
三人は歓談を終えて解散した。そういえば、とビルスの様子を見に行けば、爪やすりで手入れをしている最中だった。
「聞きましたよ、ビルス様。悟空さんと戦ったことがあったんですね」
ビルスは口をつぐんだまま手入れを続ける。
「武道会のことも聞きました。私も見てみたかったです。こんなに興味深いこと、なぜ黙っておられたんですか?」
ビルスはフィズをちらりと見るものの、口を開こうとしない。
「……もしかして、怒ってますか?」
ビルスはむすっとした表情で、少しな、と言った。フィズは素直に頭を下げた。
「先ほどはすみませんでした。どうしても悟空さんたちとお話ししたくて、つい……」
爪やすりを置いたビルスはため息をついた。
「キミの関心がほかに向くのが嫌なんだよ。……ボクだけを見ていてほしくてな」
意外な言葉にフィズは目を瞬いた。
「何を心配なさっているんですか。私はいつだってビルス様が一番ですよ」
そばに寄って、大好きですよ、と耳元でささやく。
ボクもだよ、とビルスは笑った。機嫌は直ったようだ。
「フィズ。今夜、ボクの寝室に来てくれないか」
純真な笑みが裏のある笑みに変わったように見えて、フィズはたじろいだ。
「えっと……わかりました」