「そういえば、狩りは中止? そうなら、干し肉を調理するけど」
 ユールが訊くと、ノエルはハッとした様子で頬をかいた。
「思いがけない獲物に出会って忘れてたな。まだ時間あるし、行ってくるか」
「私も行くよ」
 ビシッと挙手する私を見て、ノエルは首を傾げた。
「戦えるのか?」
「ふふ、魔法はお手の物だよ。私こう見えてすごいんだから」
「意外」ノエルは感心したようだった。
 テレポートや飛行、念動力はこれまでの夢で何度も経験済みだ。それらを駆使して俺つええ状態を味わうのも、明晰夢の醍醐味である。ベヒーモスでもなんでも倒してやんよ!
「見ててごらんよ」
 試しに手を掲げ、ファイア! っと気合を入れてみたけど、火の玉はおろか小指の先ほどの火の粉すら出ない。
――あれ?
 三人は静かに私を見守っている。
「ちょっと待ってね」
 深呼吸をして、焦った心を落ち着ける。
 魔法も、飛行も、できると確信しなければできないのだ。どうやってやるんだとか、できる訳がないとか考えてはいけない。とたんに現実が邪魔をするから。
 そこをちゃんとしないと、鳥みたいに一生懸命腕を動かしてやっと数センチ浮く、といった具合になる。信じればなんの予備動作もなしに、すうっと雲の上へいけるのにだ。
 私は咳払いをした。肩をまわして、ちょっと腕まくりをした。
「サンダー!」
 電撃は出なかった。静電気もなし。
 これは……かなり恥ずかしいぞ。
 こうなりゃヤケだと思いつく魔法を片っ端から試し、ドラクエの呪文も試してみた。スクエニつながりで。しかし、何の反応もなかった。
 どうやら、私は自信やMPといったものを失ってしまったらしい。動揺で手がわなわなと震えてくる。
 メラゾーマではない、メラだ……とかやりたかったのに……。
「疲れてるんじゃないか?」と、ノエルがためらいがちに声をかけた。
「そうかも。いつもはできるんだけどね……」
 私の声は落胆のあまり、消えてしまいそうな細さだった。
「ユメ、わたしと一緒にスープを作ろう?」
 ユールが家屋のほうへ誘ってくれた。しょぼくれながらも歩いていくと、すれ違いざまにカイアスに鼻で笑われた。ひどい。
「なんなの、あの頭ネクタイは? 宴会なの? これから無礼講が始まるの?」
 まあまあ、とノエルが小声でたしなめる。
「俺もあの飾りは前々から不思議に思ってたけどさ」
 そして背中の槍を一撫ですると、村の外へ足を向けた。
「じゃあ、行ってくる」
「私も行こう」とカイアス。
「あんたはいいよ。俺一人で十分だって」
「ユメの歓迎会をやるのだろう? 大物を仕留めるには、君ひとりでは不安だからな」
 どうやら本当に宴会らしい。



 ふたりはなんとベヒーモスを仕留めてきた。有言実行とはこのことだ。
「今夜はステーキにしようね!」と、ユールがはしゃいでいる。
 私はというと、スープの鍋が煮立たないかと見張っていた。よくわからない魔物――いい出汁が取れるのだそうだ――の銀色の脚と緑色の頭部がぶち込まれている様は、さながら魔女の鍋だ。
 私はごくりと唾を飲んだ。おいしそうだからではなく、その見た目の豪快さゆえに。
 ノエルとカイアスを見れば、手際よくベヒーモスを捌いているところだった。ほどよい厚みに切った肉をユールが受け取って、焚き火の上の網で焼く。
「わあ、獲れたて新鮮」
「うん。この塩をふりかけると、おいしいんだ」
 しばらくすると肉が焼けて、スープも完成した。皆で焚き火を囲んで、いただきますをする。スープはとんこつのような味でなかなか味わい深い。ステーキは弾力があり、焼きたてをハフハフしながら食べた。
「そういえば、もうすぐユールの誕生日だよな。何が食べたい?」
「ノエルが狩ってきたものなら、なんでもいいよ」
 そう答えたユールは、私に身を寄せると「15歳になるんだ」とささやいた。
 ユールの15歳の誕生日。その日にカイアスは姿を消して、ほどなくユールが死んでしまう。そしてノエルはあてどない旅に出る。そのあとセラと出会って、奮闘して――あの結末だ。
 バッドエンドは見たくない。
 これは私の夢なんだから、ハッピーエンドに変えればいいじゃないか。けれど、私の頭では思いつかない。この砂漠を大草原にするとかは、たぶん無理だ。夢に変更を加えるには、ある程度の自然さが必要なのだ。
「食べるか?」
「え?」
 考えごとにふけっていた私は、知らぬ間にカイアスをガン見していたらしい。
「いや、大丈夫」
 彼から目をそらし、燃え盛る炎をぼうっと見つめた。
 やはり『私の故郷』を訪れるというのが最も身近なハッピーエンドなのではなかろうか。そのためにはカイアスに了承してもらわなければならない。
 よし、明日話をしてみよう。
 私はステーキの最後の一切れを咀嚼して飲み込んだ。