朝起きて魔力がみなぎっているような気がしたが、全然そんなことはなかった。
 しかし、夢の中で寝て起きるなんてなあ。長い。明らかに数日が経過している。明晰夢をみる人の中には体感時間を操れる人がいて、夢の中で勉強したり思索にふけったりと有意義な時間を過ごすことができるらしいが、私はそこまでできない。
 いったいどうなっているのだろう。まったく不思議な夢だ。
 スープの残りと干し肉を胃に収めてから、カイアスに「ちょっと来てくれるかな」と声をかけた。祭壇の近くで足を止める。
 彼は「なんだ」と渋くてよく通る声で言ってついてきてくれた。あらためて向かい合うとやや威圧感があるが、負けられない。私は「お願いがあるんだけど」と話を切り出した。
「皆で私の故郷を探しに行かない?」
「断る」
 即答だ。私が突然提案しても驚いた様子はない。
「なんでよ。人が大勢いるところを見たくはないの?」
「この世界に君の故郷があるというのか?」
「あるよ」
 あるというより作るんだけど。
 するとカイアスは腕を組み鼻で笑った。
「いつまで嘘をついているつもりだ? 君がいたのはもっと別の世界だろう」
 私は目を丸くした。言い当てられるとは思っていなかった。
「知ってるなら話が早いや。これは私の夢。だから君には頷いてもらう」
 仕方ない。本当はやりたくなかったんだけどな。腹話術をするのと変わらないから。
 夢をコントロールしているつもりでも、時として状況に流されたり、望まない展開になったりする。そういう場合は、自分が夢の主なんだと強く自覚して、念じることで軌道修正をするのだ。
「私の故郷を探しに行くよね?」
 さあ、頷くがいい。私は手をかざしてカイアスが首肯する様を強く念じた。
「何度訊かれても私の答えは変わらない。それは無理だ」
 なにこのカイアス手強い。私はたじろいだ。彼は鋭い目つきにひるむそぶりも見せず、涼しい顔をしている。
「君は自分の立場を理解していないようだな」カイアスは口の端を歪ませた。「我々は運命の歯車に過ぎない。本当は気づいているのではないか? これは、夢などではない。現実なのだと」
「夢じゃ、ない……?」
「私は君が来るのを知っていた。女神が遣わした異世界からの訪問者が、我々に喜びをもたらすと」
 今度は予言のようなことを言い出した。流れがどんどんややこしいことになっていく。しかし修正することもできず、私は頭を抱えた。
「い、いや、君は夢の登場人物だから……」
 思わず声が弱々しくなってしまう。こうなったら一度起きるしかないか。そうと決まれば目覚めろ私。頬をペチペチと叩いているとカイアスが近づいてきて、私の頬をつねった。
「痛っ」
「どうだ、目覚めはしないだろう? これが現実ということだ」
「ええー……。受け入れづらいんですけど」
「更なる痛みがないと実感できないか?」
 カイアスが大剣を構えたので、私は丁重に辞退した。打ち上げられるのはごめんだ。
「君が受容するかにかかわらず現実は変わらない。ユールに、ひとときの夢をみせてやってほしい」
 そう言ったカイアスの表情は穏やかだった。そう、この人はユールちゃんに対しては特別優しいのだ。ロリコンとか言っちゃいけないよ私。父性だよ。
「そうしたいのは山々だけどさ、私に何ができるの?」
「それは君自身で考えろ。できることがあるはずだ」
「ちょっ……そこで突き放すのはひどくない? 異世界に迷い込んで戸惑ってる乙女にもう少し優しくできないの?」
「か弱い乙女という柄ではないだろう。君には困難を乗り越える力があるはずだ」
「まあ、それは否定しないけど……」
 言い淀んだ私は、はたと気づいた。
「ねえ、私帰れないの?」
「君を送り込んだ女神に祈るがいい」
 カイアスは、話は終わったとばかりに歩き出した。私は引き留める気もわかずに立ち尽くした。
 やがて、ぽつりぽつりと顔を濡らすものがあった。雨が降り出したのだ。私はようやく村のほうへ足を向けた。