鉛色の空の下、私は軒下で放心していた。いまだに降っている雨の音を聞きながら、ぼうっと景色を眺める。
 先ほどのカイアスとの会話で、夢ではなくトリップだということが判明したが、私はそのショックから立ち直れないでいた。
 夢だから楽しめていたのに、こんな世界の終末にトリップしてしまってどうしろと言うんだ。
 もとの世界に残してきた人や物が頭をよぎる。私はこの世界で朽ちていくのだろうか。それともノエルと旅をするのか? しかし戦闘能力のない人間が生き残れるのか? それに結局はバッドエンドだ。私の細腕ではカイアスを止められない。
 どうしたものか、と考えているとユールが隣に来て「ユメ、刺繍してあげようか?」と言った。
「刺繍? いいの?」
 羽織っていたカーディガンを手渡す。ユールは「裾にする? それとも、ノエルの上着みたいにする?」と指し示した。
「うーん、ノエル並みに刺繍するのは大変だよね。胸元にワンポイントとかはどうかな?」
「ユメがそれでいいなら」
「じゃあそれでお願い。お花がいいな」
 ユールは「わかった」と頷いて、裁縫箱を持ってきた。好きな色を訊かれたので刺繍糸を二三指差した。
「ユメ……何かあった?」
 急に訊かれて驚いた。そんなに暗い表情をしていただろうか。話せば楽になるかもしれないと私は口を開いた。
「あのね、これは夢だと思っていたんだけど、夢じゃなくて。別の世界からどうにかしてやって来たってことが、はっきりしちゃったんだ」
「そうなんだ。……もとの世界に帰りたい?」
「できれば、そうだね。戦う力もないし」
「この前は失敗してたけど、魔法、使えるんじゃない? ノエルとカイアスに教えてもらったら?」
「使えればいいけどね。練習してみようかな」
 ユールは「それがいいよ」と微笑んだ。
「ユメは突然来たから、帰るのも突然なんじゃない?」
「そうかな。そう言われるとそんな気がしてくるよ」
 我ながら楽観的だ。皆に喜びをもたらすという使命を果たせば帰れるのかもしれない。
 この物語がバッドエンドに向かっているのは気になるが、それを変えられないならせめて楽しく過ごすのがいいだろう。私はできる限り努力して娯楽を提供しようと決意した。
 そうと決まれば善は急げ。
「ユール、何か使ってもいい紙はないかな?」
「紙?」
 ユールは家屋に引っ込んでごそごそと探してきた。
「これでいい?」
「ありがとう。これをね……」
 正方形の紙を折りたたみ、折り鶴を作った。
「出来上がり。はい、あげるね」
 鶴を手に乗せて、ユールはためつすがめつ眺めた。
「すごいよユメ! とってもかわいいね」
「喜んでもらえてよかった。まだ作れるものがあるんだけど、それは夕食の時に披露するね」
「うん、楽しみにしてるよ」
 雨はいつしか止んでいた。

 夕食を済ませたあと、私はおしぼりを折りたたんでうさぎを作った。いわゆるおしぼりアートだ。
 ユールがうさぎを眺める横で、「器用だな」とノエルが感心している。
 得意げになった私は、今度はひよこを作ってみせた。
「黄色い布だったら、もっとひよこらしくなったね」
 ユールのくすくす笑いが耳に心地よい。
「急にどうしたのだ?」とカイアスが口を挟む。
「いやあ、少しでも楽しんでもらいたくてさ」
 カイアスに鼻で笑われたが、ユールとノエルの反応に満足していたので、私はいい気分のままだった。本当に些細な特技だが、覚えていてよかったと思う。家族や居酒屋に感謝だ。
 さて、次は何をしようか。焚き火の温かさを感じながら、私は考えを巡らせた。