数日後の夕暮れ時。シェリーとよろいのきしは調理場のドアを開けた人物に目を見開いた。
「りゅ、竜王様。なんのご用で……」
「部下の様子を見るのに理由が必要か?」
 竜王はシェリーの隣に来て調理台に広げた食材を見つめた。
「あ、本日のメニューはですね――」
 言わなくてよい、と竜王は手で制した。
「たまには調理過程を見るのも一興だと思ってな」
「そうでしたか。狭い場所ですが存分にご覧になってください」
 シェリーとよろいのきしは並んでエビの殻と背わたを取り始めた。普段なら他愛もない会話をするところだが、竜王がいるのでふたりは静かだった。
 シェリーに至ってはどこか動きがぎこちない。いまだ慣れない竜王の視線にさらされながら、なんとか作業を終えた。エビは水で洗い、下味をつけた。
 次にニンニクと生姜、長ネギをみじん切りにした。ソースを混ぜ合わせる時も、竜王は飽きもせずふたりの手元を見ていた。
「なんの料理か見当がついたぞ」
 と、竜王が楽しそうに言うので、よろいのきしは笑った。
 熱したフライパンに油をひき、ニンニクと生姜を炒める。
「いい匂いがしてきたな」
 鼻をひくつかせる竜王のほうに油が飛ばないか心配しながら、シェリーはそっとエビを投入した。次いで赤い調味料が入った瓶を開けて、スプーンですくう。
「シェリー」
 突然名を呼ばれて、シェリーは瓶を取り落としそうになった。中身がいくらかフライパンに入ってしまった。
「その瓶はなんじゃ?」
「豆板醤です。陛下」
「豆板醤とな」
「辛みをつけるのに使います」
 赤々としたフライパンを前にシェリーは冷や汗が出てくるのを感じた。入れすぎてしまったかもしれない。取り除くべきだろうか。
 でも、そんなことをしてはミスをしたと示すことになる。竜王の御前でそれはできない。
(ええい、ままよ!)
 シェリーは豆板醤をそのままにソースと長ネギを投入した。辛すぎないことを祈るしかない。
 最後にとろみをつけてエビのチリソース煮は完成した。
 わしが運ぼう、と竜王が皿に盛った料理を運んでいく。シェリーはサラダとパンを運んだ。
 席についた竜王はサラダを食べるとエビチリを口に含んだ。シェリーは唾を飲み込んだ。
「火を吹きそうじゃ」
 竜王は言った。竜なので洒落にならない。
「申し訳ございません。辛すぎましたか」
「いや、問題ない。うまいぞ」
 そう言うと全部の皿を平らげてみせた。そばに控えていたよろいのきしとシェリーの頭をポンポンと叩いて、竜王は去っていった。
「ご機嫌でしたね、竜王様」騎士が呟く。
「え、そうなのですか?」
「あのような朗らかなご様子、初めて見ました」
 よろいのきしは感慨深そうに腕を組んだ。
「シェリーさんが来てから和やかですよ、陛下は。人間はよく犬や猫と暮らしているでしょう。そんな感じなのかも」
 シェリーは目をパチパチさせた。「そんな、かわいいペットだなんて……」
 先程の竜王の手の感触を思い出して、シェリーはなんとも言えない気持ちになった。