調理場でシェリーとよろいのきしが談笑していると、いつの間にか背後に竜王が来ていた。なぜだか険しい顔をしている。
「ア、竜王様ご機嫌よう」
「シェリー、仕事には慣れたか?」
「はい、おかげさまで」
「よろいのきしよ、ただいまをもってシェリーの教育係の任を解く。今後は城の警備にあたれ」
「承りました。頑張ります」
 敬礼をしたよろいのきしがそのまま立っていれば、竜王は「何をしておる。行ってこい」と促した。
「じゃあシェリーさん、頑張ってね」
 ひらひらと手を振ってよろいのきしは出て行った。
 シェリーは首を傾げた。いきなり騎士を追い出すような真似をしてどうしたのだろう。
「竜王様……何かありましたか?」
 シェリーの問いに竜王はむっつりと押し黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「そなた、わしの前では笑わぬではないか。それに比べてあやつとはえらく仲が良いのだな」
 そう口を尖らせる。嫉妬だろうか。
(まさか!)
 シェリーは竜王に当てはめるなどとは思いもしなかった形容詞が頭に浮かんだ。
 かわいい人だと。
 言葉にするならそれがいちばん言い得ているだろう温かい気持ちが湧き上がってきた。思わずくすくすと笑ってしまう。
「まさか、陛下がヤキモチを焼いてくださるなんて」
「ヤキモチ? …………まあ、そうじゃな。わしとしたことがみっともない真似をしてしまったな」
 あとでよろいのきしには一言詫びておこう。竜王はうなだれてぽつりとこぼした。
「ところで、今日の夕食はなんじゃ? わしも手伝うぞ」
「いえ、そんなわけには……」
「そういう気分なのじゃ。やらせるがよい」
 竜王は紫のローブを肘までまくった。やや筋張った腕が露わになってシェリーはドキリとした。普段の露出が少ないぶん、妙に意識してしまう。
「今日はパエリアにしようと思いまして」
 竜王から目を逸らしながらシェリーは言った。
「ほほう。パエリアか。わしは何をすればよい?」
「いかと白身魚を切っていただけますか。私は野菜を切りますね」
 ふたりは並んで食材を切った。いつもならよろいのきしがいる位置に竜王がいるので、不思議な気分になる。
 次にいかをよく焼き、野菜を入れ、玉ねぎが透明になるまで炒めた。
「こんなものか」
 竜王が揺すったフライパンにトマトを投入する。水分がなくなるまで煮詰めて、今度は魚介と水、塩、サフランを加えて煮立たせた。ひとまず魚介を取り出す。
「いよいよお米を炊く段階になりましたね」
 スープに米をサラサラとふり入れ、シェリーは火を調節した。強火で5分、弱火で12分かけて炊き上げれば完成だ。
「順調ではないでしょうか?」
「うむ」
 食器を用意するシェリーのそばで、竜王はフライパンの前から動かない。完成が待ち遠しいのだろうかと微笑ましく思ったその時、雷のような音がして火が激しく燃え盛った。
「な、なんですか!? ご無事ですか竜王様?」
 振り返った竜王は照れた風に頬をかいた。
「いや……つい、もどかしくてな。ベギラマを使ってしまった」
「弱火です。弱火で待ちましょう陛下」
 シェリーの進言に竜王はようやく椅子に腰掛けた。しばらく待ってからフライパンを覗けば、スープで隠れていた米がふっくらと炊き上がっていた。
 取り出しておいた魚介を戻し入れ、レモンとパセリを飾りつけてパエリアは完成した。
「共に食べるか」
 どことなく満足げな竜王が言う。
「よろしいのですか?」
「たまには良いではないか」
「ではお言葉に甘えて」
 シェリーと竜王はパエリアと食器をテーブルに運び、席についた。皿にパエリアをよそって手を合わせる。
「いただきます」
 一口食べると、魚介のうまみが染み込んだ米が口の中で踊った。
「おいしくできましたね。竜王様」
「うむ。このお焦げも香ばしくてうまいな」
「あのベギラマがよかったのでしょうか」
 竜王が笑みを浮かべているのを見て、シェリーは自分も笑っていたことに気づいた。いつの間にか気を許している自分に少し驚きながら、スプーンを口に運んだ。