昼下がり。ぶどうのコンポートゼリーを作ったシェリーは大きな盆にグラスとスプーンを並べていた。
「ちょっと作りすぎたかな……」
 そう呟いた時、調理場のドアが開いてよろいのきしが入ってきた。
「やあ、シェリーさん。元気?」
「元気ですよ。よろいのきしさんは新しいお仕事には慣れましたか?」
「うん。まあ警備と言っても侵入者がいないから平和なもんだよね」
 ハハハと笑った騎士は盆の上のゼリーに目を留めた。
「わあ、おいしそう」
「ちょうどよかったです。味見していただけますか?」
「じゃあひとついただくね」
 ゼリーを口に運んだ騎士は何度も頷いた。
「うん! おいしいよ。見た目も紫と緑できれいだね」
「よかったぁ。これから竜王様にも持って行こうと思うのですが、少し作りすぎてしまって。他にどなたかいませんか?」
「それなら、だいまどうさんが王の間に行くのを見たよ」
「ほんとですか。行ってみますね」
 シェリーはゼリーのほかに赤ワインを一杯持つと、調理場を出た。

「竜王様、おやつを持って参りました」
 返事を確認して中に入ると、竜王とだいまどうがこちらを向いた。
「ぶどうのコンポートゼリーです。召し上がってください」
 ふたりにグラスを渡し、竜王にはさらに赤ワインを添えた。
「……うむ。ちょうどいい甘さじゃ」
 ゼリーを食べた竜王が述べる。だいまどうも頷いて、よくできているなと言った。
「いい気分じゃ」
 ワインを傾けた竜王が牙を見せて笑う。
「それは何よりです」
 空になったグラスを回収して、シェリーは立ち止まった。
「おふたりで何か話し合われていたのですか?」
 少し気になったので訊いてみれば、
「勇者がな、現れたらしい」
 だいまどうは静かに言って水晶玉を取り出した。
「こやつだ」
 青い鎧に赤いマントを身につけた青年が草原を歩いている。その姿はいつか見た夢に似ていて、あれは正夢だったのだとシェリーはひとり納得した。
「勇者……ですか」
「この城にたどり着くのも時間の問題でな」
「何であれわしはここで待ち受けるのみよ」
 鷹揚に構える竜王のそばで、水晶玉の光は消えた。
「あの、もしよろしければ私の家族の様子を見てもらえませんか」
 シェリーの申し出に、だいまどうは「よかろう」と応じた。再び水晶玉に光が灯る。
 そこはラダトーム城の中だった。鎧を身につけた壮年の男性が見張りに立っている。父だ。
「久しぶりに見ました……」
 シェリーの胸は懐かしさでいっぱいになった。
 だいまどうが手をかざすと、今度は洗濯物を取り込む女性の姿が見えた。
「母も、元気そうで……よかったです」
 ふたりはいつも通りの日常を送っているように見受けられる。娘がいなくなった悲哀は感じられず、シェリーは一抹の寂しさを覚えた。かといって、ふさぎ込んでいてほしいわけでもないのだが。
「気は済んだか?」
「はい。ありがとうございました」
 シェリーは一礼して王の間をあとにした。ほんの少し見ただけの父母の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。