02
報道が影響したのか、ゲームセンターは客でごった返していた。ずらりと並んだゲーム機は、どれもプレイヤーで埋まっている。ジェニーはそれらを眺めるふりをしながら、身を隠せる場所を探した。
店の隅にめぼしい箇所を見つけ、足を止める。ゲーム機の裏に人が入れそうな隙間がある。
ジェニーは唾を飲み込んだ。人が見ていない隙を見計らって、そこに体を滑り込ませた。
照明もゲームの光も遮られた裏側で、じっと息を殺す。生温かい排気が手に当たる。わずかな隙間なので、立っているしかない。
不安に押し潰されそうだ。見つかったらどうしよう。そればかりが頭をぐるぐると回っている。
自分の思いつきを後悔し始めた頃、閉店のアナウンスが流れた。次第に人が去っていく。
数分後に従業員の話し声が遠ざかり、電源が切られた。BGMと電子音で慣らされた耳に、静寂がさらさらと音を立てた。
念のためもう数分待ったあと、ポケットライトを取り出した。スイッチを入れると、チェス盤のような床が浮かび上がった。
(どこから探そうか)
ジェニーは店の中に秘密の部屋があると睨んでいた。キッチンの床下収納よろしく床板が開くか、壁に扉が隠されているかのどちらかだろう。いずれにしろ、捜索班の目を逃れているのだから、見つかりにくいのは間違いない。
ふと、ある考えが浮かんだ。ゲームフロアに入口があるならば、思い入れのあるゲーム機で隠すのではないか。早速「スペース・パラノイド」の周辺を調べてみるが、それらしきものはなかった。
ほかの代表作は――「トロン」だ。何度か遊んだので、場所は覚えている。ライトサイクルを走らせるべき経路は思い浮かぶのに、反射神経がついていかず悔しい思いをした作品である。
「トロン」はゲーム機の列からひとつだけ離れて設置されていた。床をなめるように照らしていくと、弧を描いた傷を見つけた。何かを引きずった跡のようだ。
ジェニーは鼓動が高まるのを感じた。ゲーム機に体重をかけてみると、片側が動き、背後の壁が露わになった。
隠し扉! ジェニーはひとり歓喜した。この先にフリンがいるかもしれない。そこには電話もテレビもなくて、行方不明の騒ぎを知らないのでは……そう思った。
はやる気持ちを抑え、地下室に続く階段を下りる。その先にあった両開きの扉に呼びかけた。
「フリンさん? そこにいるんですか?」
返事はない。
そっと扉を開くと、そこは研究室のように見えた。誰もいないので、ジェニーは少し落胆した。彼がいたらニュースになっただろうに。
帰ろうかと思ったが、部屋に置かれた装置に興味を引かれた。新しいゲーム機器だろうか。ある容器には「カーボン記憶装置」と書かれているが、何のことだかわからない。
次に、デスクが目に入った。ガラスの天板に手を触れると、画面に仮想キーボードが浮かんだ。表示される文字を見るに、UNIXコマンドを使用するらしい。幸いジェニーにはその心得があった。
(ちょっとくらいなら、いいよね)
プログラムに変更を加えなければ大丈夫、少し遊ぶだけだと自分に言い聞かせる。フリンが開発していたであろうゲームが、どのようなものか知りたかった。
格闘の末ログインに成功し、コンピュータの問いにYを連打していると、いきなり浮遊感に襲われた。
*
青い光を見た気がした。
いつの間にか画面が暗転しており、触れても反応しない。ジェニーは異変を感じて店の外へ急いだ。
通りに出ると、来たときとは明らかに様子が異なっていた。視界に映るのはレンガ造りの建物ではなく、霧がかった高層ビルである。そのどれもが青みを帯びていて、光輝くラインがよく映える。
あまりの美しさに息が止まった。フリンが手がけていたものが、仮想現実だったとは。
まずは人の姿を探してみた。オンラインゲームには、初心者に助言を与えてくれるNPCがいるものだ。
ところが、あたりには人っ子ひとりいない。
戸惑っていたジェニーに、突然サーチライトが当たった。眩しさに目を眇めながら見上げると、二本の鉄柱に橋を渡したような形をした飛行物が近づいてきた。
「レコグナイザー?」
ゲームの中の機体が存在しているという事実に、ジェニーはただ呆然とするしかない。「スペース・パラノイド」で見た姿より、はるかに重厚だ。
機体は大きなうなりをあげて着陸した。本体部分が降下し、警備兵らしき男がふたり、歩み寄ってくる。
ジェニーはにわかに恐怖を覚えた。ゲーム中では、レコグナイザーは敵側の監視用マシンだった。
(まずい)
駆けだしたジェニーだったが、警備兵が突き出したロッドにつまずき、建物に激突した。顔面を思い切りぶつける。あまりの痛さに、もう逃げるどころではない。
鼻の下から顎にかけて温かいものが伝った。見なくてもわかる。鼻血だ。新規のプレイヤーに対する扱いが手厳しいな、とジェニーは顔をしかめた。
警備兵に腕をぐっと掴まれ、仕方なく立ち上がる。
「わかった、わかった。もう逃げないから。鼻血だけ拭かせてくれる」
とたんに警備兵の動きが止まった。ふたつの黒いヘルメットがジェニーを凝視し、次いで顔を見合わせた。
「ユーザー……!」
機械的な声でそう言ったかと思うと、彼らは急にうろたえ始めた。
怪我をしてこれほど人に驚かれたのは、生まれて初めてだった。