06
ジェニーは艦橋からスタジアムを見下ろしていた。選ばれたプログラムたちがバトルコートの中に配置され、身構える。ジャービスの言っていたゲームとは、このディスクゲームのことなのだった。命を賭して己のディスクを振るう様は、さながらローマのコロッセオだ。
ひとりのプログラムが腹に直撃を受け、床に散る。観客が沸く。ジェニーは唇を噛んだ。
「ずいぶんと退屈そうだな」と、玉座にゆったりと座ったクルーが言う。
「こういうのに慣れてなくて」
ジェニーはクルーの隣に腰を下ろした。
「旧市街であったことは話したよね。あの人たちは……なんで死んだの」
殺したと訊くのははばかられた。死に値する理由があったのかもしれない。でも、その場で死刑執行などあっていいのだろうか。
「不完全な存在だからだ」
「不完全って?」
クルーは面倒くさそうに口を開いた。
「やつらはフリンがプログラムしたものではない。勝手に現れたのだ。同時にグリッドにバグが発生し……わたしは彼らを抹消することに決めた」
コンピュータの中で自然発生した生命体。ジェニーにはその価値がわかった。
「奇跡と呼べるんじゃない? 消してしまうなんて」
「おまえも同じことを言うんだな。奇跡だろうと、わたしには完璧なシステムを構築する役目がある」
「それって新しい命より大事なこと?」
クルーはジェニーの胸ぐらを掴んだ。
「あいつが命じたんだ! それなのに……裏切った」
「じゃあ、クルーも変わればいいじゃない! 完璧じゃなくて良いからさ、フリンさんとアイソーと一緒にこの世界を作っていけば……」
「……無理だ」
クルーは手を離して頭を垂れた。丸めた背中がどこか小さく見える。かける言葉が見つからない。
ジェニーは想像するしかないが、クルーにとって目的を変えるのは耐えがたく困難なことなのだろう。自分の存在意義がなくなってしまうのかもしれない。
人を憎み続けるのはつらい。クルーとて好きでフリンと対立しているわけではないのだ。
人間は気まぐれで、良く言えば柔軟だ。クルーは指示に従ったに過ぎない。この都市を形作るまでに、彼はどれくらいの間、フリンの不在を預かってきたのだろう。
「ごめん」
彼を非難できるわけがなかった。
クルーは顔を上げない。
「……ごめん」
そっと彼の手を握る。振り払おうとしたのか、ピクリと動いたが、あとはじっとしていた。
*
どのくらいそうしていたのかわからない。ジェニーの手の熱がクルーの手に移り、不思議な一体感を醸し出していた。
会場のシュプレヒコールが聞こえ始めて、ジェニーは手を引っこめた。クルーはそれを少しだけ名残惜しく感じた。
「最終ラウンドだ」
「リンズラーだよね。大丈夫かなあ……」
ジェニーが不安そうに呟く。あのエリート戦闘員は負けなしだから、心配無用なのだが。
「おまえはリンズラーを好いているのか」
「はぁっ?」
まじめな表情をしているクルーを見て、ジェニーは言葉を継いだ。
「好きかどうかはわからない。けど、一緒にいると安心する」
「そうか」
胸に引っかかりを感じて、クルーは首を傾げた。なんだか面白くない。
ハーモニーボールを手にして、いつもより速く逆回転させる。リンズラーはブザーが響いたとたん走り出すも、上に落ちてしまった。対戦相手は言わずもがな。
ジェニーは祈るように両手を組んで、ゲームを見守っている。
やがてリンズラーの一撃が相手の首を裂き、勝負は決した。ジェニーはため息をついて、「リンズラーが無事でよかった」と小さくこぼした。
「そうだな」
相槌を打ちながら、クルーは胸にもやが広がるのを感じていた。この感情の名前を探しておかなければ、とジェニーを何とはなしに眺めた。